インディーズバンドにとっての録音制作の考え方(その1)

 
 
 
インディーバンドにとってのレコーディング。
インディペンデントな姿勢で音楽を作っていこうとするアーティストにとって、レコーディングというものをどう考えればいいのか。
 
 
この文章は、
インディバンド、インディーアーティストは、今の時代の生き方として、自分で自分の作品を録音制作出来なければいけない。
意欲的に生きようとする現代のインディアーティストにとって、自分で録音制作を形にするスキルは、必須のものである。
という前提のもとで、
どうやってそこに向き合っていくか、ということについて書くことを意図している。
 
本当は、理想を言えば、ちゃんとしたスタジオで録りたいんだよね。
 
ちゃんとしたスタジオ、っていうのは、つまり、
世界の一流のアーティストがレコーディングをするような、
世界でもトップクラスのスタジオで、
深い才覚と経験を備えた一流のプロデューサーの下で、
一流の技術を持ったエンジニアと共に、
世界最高クラスの機材を使い、
予算に糸目をつけず、時間もたっぷり使って、
創意工夫にあふれた芸術作品を作りたい。
 
そして、それを、そのジャンルの一流の作品をたくさん手がけている
しかるべきマスタリングスタジオ、マスタリングエンジニアに任せて、
いったい何億円するんだかわかんないようなシグナルチェーンを通じて、
最終的にリスナーに届ける音を仕上げたい。
 
これが理想なんだよね。
これが、唯一にして最高の理想であるのは、誰でも同じだと思う。
 
でも、現実には違う。
現実には、そんな環境でレコーディングをすることの出来る人間は、限られている。
 
少なくとも僕は、そんな環境でレコーディングをしたことは、それに近い経験は、確かに一度か二度はしたかもしれないが、基本的には無いし、そしてこれからも、おそらくは無い。
 
時代状況を考えれば、余計にそうだと思う。
80年代に名を馳せた憧れのアーティストたちも、2010年代以降の作品は、セルフプロデュースになっていたり、コストをかけずにホームスタジオで録音するようなことが、明らかに増えている。
そういったワークフローは、現代の音楽業界ではたぶん普通のことになっているし、そういった設備やスキルを持つことも、現実の上では必須になっている。
(そして、そのクオリティは、残念なものであることが、結構多い。)
 
そもそもが、プロモーションでさえインターネットを通じて自前でやらなければいけない時代だ。それは、実績のある有名なベテランアーティストでさえそうである。
 
だから、これから音楽人生をスタートしようという、無名のインディアーティスト、インディバンドにとってはなおさらだ。
 
レコーディング、録音制作、つまりは作品づくり、そこにどう向き合うのか。
個人レベルのデジタル録音が可能になった1990年の後半あたりから、これは既に浮上してきて久しいテーマではあるけれども。
 
自主性を持って、自らの生きる道を能動的に選び取りたいアーティストにとって、これは絶対的に向き合わないといけないテーマだと言える。
 
環境にめぐまれている人は、一流のスタジオで録音すればいい。
それは素晴らしいことだ。素晴らしい価値のあることだ。
選ばれた人でなければ出来ないことだからだ。
 
だけれども、そういった高価なレコーディングスタジオで自らの楽曲を録音する立場になる、そういった立場に立つ、ということは、たぶん実際のところ、様々な責任や制約も伴うことになる。
 
そして、たとえそういった一流のスタジオで、一流の機材を使い、一流のプロデューサーや、一流のミュージシャンたちと作業をしたとしても、その作品が成功するとは限らない。
つまり、本当に納得のいく作品が作れるとは、限らない。
 
なぜなら、音楽とは、そんなに甘いものではないからだ。
音楽とは、たとえ世界一流の技術や才能をもってしても、人間の手におえるほど、単純なものではないからだ。
音楽とは、それほど深いものだからだ。
 
感じることは出来ても、目には見えない、そして手につかむことも出来ない、
形のない真実だからだ。
 
そんな「音楽」という、底の知れない謎に、一人の無名のインディアーティストとして向き合う。
 
そんな途方も無い勇気を持ったアーティストたちに、この文章を捧げたい。
 
続く。
(たぶん)

 

 
(写真は、2011年にアメリカはテキサス州某所の「ちょっといいスタジオ」でレコーディングの機会を頂いた時のワタシ。- その際の録音の結果は、Imari Tonesの”Japan Metal Jesus”というアルバムを聴いてみてください。)
 
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